↘ UPDATE:2024.02.12
Blu-ray第1巻特典の描きおろし小説「SYNDUALITY CIEL」の一部を無料公開!
SYNDUALITY CIEL
1
「まずいな……」
冷や汗を額から垂らし、真っ青に曇ったトキオの顔を、カナタははじめて見た気がした。頬は強張り、瞳は深刻の海に沈んでいる。まさに、緊急事態を予感させるものだった。
「トキオさん、まずいって何が……?」
自然とカナタの声のトーンは落ちる。
「カナタ、落ち着いて聞いてくれ」
ふたりがいるのはリゾート用のネストとして人気を集めるサテライトアクア。その中にあるメインステージの裏側だ。
ステージからは、シエルの美しい歌声が聞こえていた。
緊張感に包まれたカナタとトキオとは対照的に、客席から息の合ったコールも響いてくる。今日もシエルのライブは大成功で大盛況だった。
そんな華やかなステージの裏側で、
「……売上が落ちてる」
と、トキオが絶望を告げる一言をもらした。この世の終わりのような顔をして……。
「は?」
意味がわからず、カナタの口から間抜けな声がもれる。
トキオは今、何と言ったのだろうか。
「だから、シエルのライブの売上が落ちてきてるんだよ!」
トキオが操作したのは手首の端末。立体映像のモニターが表示され、ライブの売上グラフを「ほら、見ろ」とばかりにカナタの顔の前に突き出してくる。
売上は、三日前から右肩下がりに転じていた。
「はぁ……」
安堵と呆れを含んだ吐息が、無意識にカナタの口から零れる。
「カナタ、よく聞け」
そんなカナタに構うことなく、トキオは真剣な顔で肩に両手を置いてきた。ぐっと力強く掴んでくる。その瞳は真っ直ぐにカナタの目を見つめていた。
「俺はな。シエルを世界一の歌姫にしてやりたいんだ」
熱い口調で訴えかけてくる。
「トキオは毎日遊んで飲み明かすお金がほしいだけでしょ」
そこに口を挟んだのは、隣で話を聞いていたエリーだ。
「そうそう、毎日、大宴会だもんね。店のみんなにまで生野菜を大盤振る舞いで」
疑いの眼差しで、アンジェが事実を付け足す。
「だからな、カナタ。新曲がいる」
エリーとアンジェの発言は聞き流して、トキオは熱く語り続けた。
「そして、いつか世界中にシエルの歌を届けようじゃないか! 俺たちで!」
シエルのためには、カナタだって協力できることは協力したい。そう思っているのは本当だ。だが……。
「トキオさんの言ってることは間違ってないんだけどさ……」
とりあえず、暑苦しいトキオの両手をゆっくり振りほどく。
「動機が腐ってるのよ」
「骨の髄までね」
カナタの心情をエリーとアンジェが即座に、そして正しく代弁してくれた。
「お前たちはシエルの新曲を聞きたくないのか?」
往生際の悪いトキオに諦めるという意思はなさそうだ。
そこに、
「新曲って?」
と、歌うような声が背後から聞こえてきた。
声につられてカナタが振り向くと、アンコールまで歌い終えたばかりのシエルがいた。ステージ衣装をひらひら揺らしながらカナタの隣までやってくる。
今日もやり切った表情。充実感がシエルを満たしていた。
「シエル、お疲れ様。今日のライブもすごくよかったよ」
早速カナタが感想を口にする。すると、意外なことにシエルは少し怒ったような顔をした。続けて、シエルの両手が伸びてきたかと思うと、カナタの頬っぺたを軽く摘まんできた。痛くない程度に横に引っ張られる。
「シエル……?」
「途中から、トキオと何か話してて、全然私のこと見てなかったくせに」
「歌はちゃんと聞いてたって。シエルの歌は毎日だって聞いていたいよ」
「なら、許してあげる」
シエルは口元で笑って、頬から指を離してくれた。
その際、カナタは真横から鋭い視線を感じた。目の端に映っていたのは、ピンク色の髪。頬を膨らませてカナタを睨むエリーだ。
「……」
別にこわくはないが、ちょっと泣きそうにも見えて非常に気にはなる。
「エリー、どうかした?」
結局、無言の迫力に負けて、カナタからエリーに声をかけた。
「べつに~」
「シエルにデレデレするなって」
そっぽを向くエリーの代わりに、アンジェがおかしそうに言ってくる。
「デレデレはしてないだろ!」
そうカナタが反論すると、意外なところから返事は聞こえてきた。
「カナタは、デレデレしてました」
声のした方を見ると、さっきまで三つ並べた椅子の上で丸まって眠っていたノワールが、いつの間にか目を覚ましていた。ぱっちり目を開けて、純粋な光をたたえた瞳でカナタを見つめている。
「ノワールまで……」
「とにかく、今、俺たちに必要なのは新曲だ」
「俺たちって言うか、主にトキオさんにね」
「でも、新しい曲があるのは、私としてもうれしいわ」
「ほらな! シエルもこう言ってるだろ!」
力強い味方を得たトキオが勢いづく。
「シエルはすぐに新しい曲を作れるの?」
素直な疑問をカナタはシエルに投げかけた。シエルはメイガス。本来であれば、感情的に歌を歌うことも極めて珍しい。誰かの真似をすることはできるだろうが、表現者として人の心をここまで掴むメイガスを、少なくともカナタはシエル以外に知らない。
「急に言われても簡単じゃないわね。私たちメイガスには」
「やっぱり」
「何かを生み出すのは、人間の方が得意でしょ?」
一般的な解釈としてはまさにその通りだ。
「とは言っても、音楽が得意な知り合いはいないしな」
「だったら、俺たちのやり方で新曲をゲットするしかねえな」
トキオがにんまりと笑う。いいことを思い付いたという顔だ。
「それって、まさかドリフターらしくってこと?」
カナタが確認の言葉をかけると、トキオはますます楽しそうに笑った。
「シンデレラがなんだって歌も、元々は拾い物の発掘品から出たやつだしな。さあ、そうと決まれば、早速出かけるぞ、カナタ!」
「トキオさん、どこかアテはあるの?」
「こんなこともあろうかと、マムからとっておきの情報を聞いてある」
任せろとばかりに、トキオの目が笑っていた。
2
ロックタウンを出発して半日。
砂漠をキャリアで走り続けること四時間。
一向に変わらない砂だらけの景色に、ハンドルを握るカナタの表情もさすがにうんざりしていた。だから、口を開けば少しばかり愚痴のような気分が漏れ出てしまう。
「バカラネストから北西に二百キロって、そろそろなんですけど?」
「マムの話じゃあ、この辺で、旧時代のでっかい船を見かけたドリフターがいるんだとさ」
大きなあくびをしながら、トキオがシートの後ろから顔を出す。
「でっかいとは、どれくらいですか?」
そう質問したのは、後方のシートにいたノワールだ。少し前に目を覚まし、今はキャリアの揺れに合わせて、体を左右にくねくねさせている。見ているだけで酔いそうだ。
「さあな、あれくらいでかいといいんだが」
トキオが視線を送った側面の窓の外には、カナタがハンドルを握るキャリアと並走するアヴァンチュールの大型キャリアがいた。今回の探索には、マイケルとエリーも同行してくれている。
当初はエリーだけが付いてくる手はずだったのだが、事情をマイケルに話したところ、「シエル嬢の新曲のために、私が行かないでどうする!」と言い出したためだ。その場にいたマリアに「ほう」と言われつつも、結果的についてくることになった。
「アタシとしては、あれの十倍くらいでかいのがいいね」
そのマリアが、トキオの反対側から運転シートに顔を覗かせる。
「なんで余計なのまで、一緒にいるんだか……」
トキオにしては珍しく嫌そうだ。
「旧文明の遺物を探すなら、アタシがいた方がいいでしょ?」
「助かります。マリアさん」
カナタも発掘品の収集や調査は日々行っているが、マリアほどの知識があるわけではない。カナタにはなんだかわからないものでも、マリアならわかるかもしれない。
今回の遠征に同行してもらえたのは非常に心強い。
「カナタは素直でかわいいねぇ」
マリアの手が伸びてきて、カナタの顎を指で撫でていく。
「うわっ、マリアさん!?」
妙なくすぐったさにカナタの体がびくっと反応する。
「ちょっとお姉ちゃん! カナタに何してんの!?」
直後、アヴァンチュールのキャリアから通信が飛び込んでくる。モニターが開いて、エリーのドアップが映し出された。顔を真っ赤にして憤慨している。
「何って、将来義理の弟になるかもしれないカナタと仲良くしてるだけよ?」
「んなっ……!」
マリアの返事に、エリーは口をわなわなさせるだけ。何か言おうとしても言葉が出てこない。出てくるのは謎の悲鳴と呻き声で、マリアに反論できる余裕がエリーにはなかった。ただ、真っ赤になった顔は「お姉ちゃん、なんてこと言うの!」と、雄弁に語っていた。
「も、もう知らない!」
先ほど以上に顔を赤くしたエリーは、なんとかそれだけ絞り出して通信を切ってしまう。
「なんでアタシの妹ってあんなにかわいいのかしら」
手に持っていた瓶を傾けて、マリアはぐびぐびと酒をあおる。反省している様子はない。
「言っとくが、持ってきた酒はそれで最後だからな」
そのマリアにトキオは呆れた視線を送っていた。
「カナタ、顔が赤いですけど、体調不良ですか?」
「だ、大丈夫。これは違うから」
そんな砕けた空気の中に、
「ねえ、あれって、なに?」
と、後ろのシートからシエルの声がした。立ち上げって、前方を指差している。
「あれ?」
声が重なり、全員の視線が正面を捉える。見据えたのはシエルの人差し指が示す先。
「なんだありゃあ……」
静かな驚きを含んだトキオの声。
砂漠のど真ん中に、人工物の影が見えていた。
距離はまだ数百メートルは離れている。それにしてはかなり大きい。
目の錯覚かと思うほどに、巨大だった。
見つけた建造物の影に、カナタたちはすっぽり収まっていた。人も、コフィンも、二台のキャリアも易々と日陰に隠れてしまう。
「……」
だから、まずはただ茫然と発見した物体をカナタは見上げていた。トキオも、ムートンも、エリーも、アンジェも、ノワールも、シエルも、マイケルでさえも口をあんぐりと開けて見入っていた。
高さは二十メートルほど。長さに至っては数百メートルあるだろうか。半分以上は砂に埋まった状態なので、全体としては恐らくもっと巨大だ。ただし、地上に出ている部分だけでも十分に迫力があった。
「カナタ、これが探していた船ですか?」
「そうなんだと思うけど……想像の百倍くらいある」
「スクリューがあるので、船なのは間違いないでしょうな」
船尾と思われる部分からは、キャリアより大きいなスクリューの羽が砂から飛び出していた。何もかもが大きすぎる。想像をはるかに超えていた。
「トキオさん、よくこんな大物の情報を、マムがタダで教えてくれたね」
「そりゃあ、もちろんワケありだからな」
にやりとトキオが笑う。その直後、ムートン、ボブ、アンジェ、シエルがぴくりと反応した。メイガスの中で、ノワールだけがきょとんとしている。
「なるほど、そういうことね」
困った顔で言葉をこぼしたのはシエルだ。
「坊っちゃん、エンダーズの反応です」
続けて、ムートンが教えてくる。
それを合図にしたかのように、砂の丘の向こう側から続々とエンダーズが顔を出す。右を見ても左を見てもエンダーズ。すでにカナタたちは囲まれていた。
「ちょっと、何体いるわけ!?」
エリーが悲鳴をあげる気持ちもよくわかる。エンダーズの数は十や二十ではない。四十や五十でもない。百体以上の大きな群れだ。
「そりゃあ、マムがタダで情報をくれるわけだ」
呆れた様子でアンジェは納得していた。
「んじゃ、か弱いアタシとシエルはキャリアに避難してるから」
手をひらひらと振りながら、マリアはシエルを連れてキャリアに戻っていく。だが、その途中で何かを思い出したように振り返ると、
「一番活躍したドリフターには、シエルがご褒美をくれるってさ」
と、けたけた笑いながら挑発的に言っていた。
「マリアさんからのご褒美はないんですか!」
すかさずマイケルが食らいつく。
「ん~、じゃあ、一緒に飲みに行ってあげる」
「よ~し! 行くぞ、ボブ! すべてのエンダーズはこの私が倒す!」
やる気満々で、マイケルはコフィンに乗り込んでいく。「さすがマイケル様、見事な転がされっぷりです!」とボブがそれに続く。
「俺らはマイケルに楽をさせてもらうとするか」
おめでたいマイケルを見送ったトキオは、ゆっくりジョンガスメーカーの元に歩き出す。
「早く行かないと、マイケルに全部持っていかれるよ?」
その背中にマリアが声をかけた。
「マリアと一緒に飲みに行くなんて、罰ゲームじゃねえか」
「相手がマイケルじゃあ、あんたも勝てるかわかんないもんねえ。やる気満々でやって、負けたらかっこ悪いもんねえ」
「はあ? 誰が負けるって? 行くぞ、ムートン!」
急にスイッチの入ったトキオがジョンガスメーカーに飛び乗る。「承知しました」と応じたムートンも棺桶に収まる。
「カナタとエリーは、キャリアの護衛、頼んだぞ!」
トキオはそう言葉を残し、カナタが返事をする前にジョンガスメーカーでエンダーズの群れに飛び込んでいった。
エンダーズの大群との戦闘は、わずか三十分足らずで終わろうとしていた。
大半をトキオとマイケルが蹴散らし、ふたりが討ちもらした個体をカナタとエリーで処理した。キャリアを守りながら。
時間の経過とともに、見る見るエンダーズの反応が消えていく。
面白いように、トキオとマイケルは敵を倒していた。
三桁いたはずの群れも、数えられるまでに減っている。
それも、数秒おきに一体ずついなくなり、気が付けば残りは三体。
カナタの前に一体。エリーの前にも一体。トキオの方にもう一体。
「あ、やべって、弾切れか……わりぃ、カナタ! そっちに行ったぞ!」
「わかりました!」
目の前のエンダーズをブレードで貫く。
「ノワール、もう一体は!?」
「キャリアの向こう側です」
エンダーズの反応を示す光点は、キャリアの目前に迫っている。ここからではキャリアが邪魔になりライフルで狙えない。
「照準は合わせます。飛んでください」
カナタの横でノワールが囁く。
「わかった!」
操縦桿を握り直すと、カナタは勢いを付けてキャリアを飛び越えるようにデイジーオーガ―を跳躍させた。
塞がっていた視界が開ける。
エンダーズの頭が見えた。
射線は通った。
「今です」
直後、ノワールの指示がカナタの鼓膜を刺激した。
トリガーを続けて二回引く。発射された弾丸は、エンダーズの胸部と足を貫いた。
だが、前進するエンダーズの勢いはまだ止まらない。
シエルとマリアがいるキャリアに突っ込んでいく。
「カナタ!」
通信機を通して、エリーの緊迫した声が響いた。
このままではエンダーズがシエルとマリアが乗るキャリアに激突する。
だが、そうなる寸前で、キャリアを飛び越えたデイジーオーガは、カナタの雄たけびとともにエンダーズを蹴り飛ばした。
砂埃を上げながら砂漠に転がったエンダーズの動きが止まり……静かに消滅していく。
「ふう……」
間一髪。思わず安堵の吐息がもれる。
「シエル、大丈夫だった?」
「ええ、カナタのおかげね」
「なぁに? アタシの心配はしてくれないの?」
横からマリアが通信に割り込んでくる。
「マリアさんも無事でよかったです」
そこで、トキオとマイケルの通信も繋がった。
「ボブ、私は何体始末した?」
「四十五体です」
「ムートン、俺は?」
「四十五体です」
「ならば、私は四十六体だ!」
マイケルから無茶苦茶な主張が飛び出す。
「はあ? だったら、俺は四十七体だ」
それにトキオが張り合う。相変わらず、仲がいい。
「なんだと、貴様!」
「誰が一番活躍したかは、シエルに選んでもらえばいいでしょ」
終わりのないやり取りを、マリアの一言が終わらせる。
「どう? シエルから見て、誰が一番だった?」
「一番かっこよかったのは、最後のカナタかな?」
通信モニターの中で、シエルが悪戯っぽく片目を瞑る。
あとに聞こえてきたのは、エリーがもらす謎の呻き声だけだった。
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